10年前のこと
2011年04月11日
10年前の記録として残っていたものを発見した
ここに残すことでまた10年後に見返せれるようにしておきたいと思う
地震から一ヶ月経って
この地震を前にどうやって生きていけば良いのか? 正直わからない事だらけだ。
でも、こうやって一ヶ月が立ち色々と考えたり、いろんな人の意見を聞いたりして少しずつ自分のスタンスみたいなものができてきた。
指針を与えてくれたのは以下の二人
- 佐々木中
- 鈴木謙介
佐々木中
RHYMESTER宇多丸のTBS RADIO ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル、サタデーナイトラボ「春の推薦図書特集」
に出演した佐々木中の言葉に、この地震後の自分のスタンスのヒントを与えてもらった。
彼の推薦図書は『ルワンダジェノサイドから生まれて』だった。
この本は写真とインタビューで構成されている ここでルワンダでかつて何が起こったのか佐々木中は説明する。
絶句であるというしかない状況がそこにはあったのだ。
しかし、そういった背景があると把握した上で、写真集の写真をみるとそこにあるはずの悲惨さはないという。
一方で、この悲惨さはインタビューによるテキストで提示されているという。
このテキストを読むことでてくるルワンダの惨状と写真を見ることででてくる美しいという感情。この相反する想いを前に簡単に何かを語ることなどできないという。
佐々木中いわく「絶句である」
だ。
しかしこの絶句の前に芸術は何もできないのだろうか??
そんなことはない!!と佐々木中はいう。この絶句の前で唯一できることがある!それは「誠実な絶句」
だ。
「頑張ろう日本!」みたいな空気にどうしても違和感を感じていた自分としては、絶句をしてもいいのだと、どこまでも誠実な絶句であれば、それもひとつの行為となるのだと思えるようになった。自分の気持ちに不自然がない形で援助をしていこうと思えるようになった。
鈴木謙介
次に鈴木謙介ことチャーリーの言葉。 これは文化系トークラジオの「このメディア環境を生きる」の回のオープニングトークだ。
2011年3月27日「このメディア環境を生きる」Part1 (文化系トークラジオ Life)
彼は日常を維持することの大変さを解き、被災地周辺の石油の物流が6割近くになっている現状を話す。そしてその6割の物流を維持するためにどれだけの人が努力をしているかと言っている。通常から見ればたったの6割しか復旧していないと考えるかもしれないが、この状況で6割にまで復旧させたことの方を大事としている。
そして、以下の言葉にはいたく感動した。
「日常とは昨日あったように今日があって、今日があったように明日が来ると信じられるということ」
「昨日あったように今日を届けようとしている人がいること。それは日本が一体になるとか多数派とか少数派とかノレるとかノレナイとかじゃない」
「僕はそういった大人をすごく尊敬するしカッコイイと思うし、子供たちにはそういった大人になってほしいなあと思う」
「昨日あったような今日をつくれるような、そういう未来を大人として手渡したいと思うし、自分が自分に似たような人や手助けできる人がいたら、その人に合った「昨日あったような今日」を手渡せるように、また「明日」を手渡せるようにやっていくのが自分たちの仕事」
自己分析
結局、自分はこの地震という非常事態に便乗して世の中が変化するかもとか、今までの中途半端だった自分がリセットされるかもなんて卑怯なことを考えていた。本当に思っていた。
しかし、そんな自分勝手な都合のいい話なんてない。
非常事態で壊れた秩序は、旧来壊すことのできなかったものを一瞬は壊すことができたかもしれないが、いずれ秩序は元に戻る。この非常事態での高揚感でもって何かを始めてもろくな事はない。
今、自分にできること この非常事態をキッカケに考えなおさなくてはいけない、それも緊急を要するような課題も浮き彫りになっている。
原発の問題なんて、まだ何も終わっていないし、日本政府や東京電力が起こした問題と同じような課題を各個人も各企業も抱えている。いってみれば日本病みたいなものがリアルにあると思う。
そんな中、今の自分にできることは何かと考える。
ここでも文化系トークラジオのチャーリーの言葉がヒントになる。
今回はツイッターで原発関連の専門家とかが活躍していたけど、社会学は何もできなかったのかというような話だ。
確かにその通りなのだ。自分自身を振り返ってみても、地震が起きて原発が事故っても文学部卒の自分には何もできないとか思ってしまった自分がいた。
でも、文学部卒の自分にこそできること。鎮魂の詩をツイートすることだってできたはずだ。自分なりの分野でできることがあったはずだ。その自分なりの分野でもって誠実な絶句ができたはずだ。
自分はこれができていなかった。。。
これからは誠実な絶句と継続的な支援、そして日常を復旧させるために自分ができることをしていこうと思っている。